六甲高山植物園~日本植物学の父・牧野富太郎の足跡~

今回は有馬温泉駅から徒歩15分の六甲ロープウェイ駅を利用して、海抜865mの六甲山頂付近に位置する六甲高山植物園に行ってみました!

六甲高山植物園と牧野富太郎

涼しい山頂の環境を生かし、珍しい高山植物等を栽培するこちらの植物園は今年4月からスタートしたNHK朝の連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった人物「牧野富太郎」のゆかりの地でもあります。彼は日本植物分類の父と呼ばれ、氏の指導のもと昭和8年にこの植物園は開設されました。取材当日の4月24日は偶然にも牧野氏の誕生日(旧暦)だったそうで少しばかり縁のような物を感じました。

植物園東側入り口付近
湿性植物区桟橋

牧野富太郎について

牧野富太郎氏は生涯で多くの植物の新種を発見・研究し、近代植物分類学に大きく貢献した高知県出身の偉人です。なんと94歳で亡くなられる直前まで日本全国を回りフィールドワークを行っていたといわれています。研究対象は野生植物にとどまらず、野菜などの身近にあるすべての植物にまで及びました。自らの足でフィールドワークを行い、終生植物への情熱を忘れなかった氏の姿勢が日本植物学の父とまで称される所以です。

神戸とのかかわり

実は神戸と牧野氏の関わりは六甲高山植物園開設の指導以前からありました。
幼いころから植物への並々ならぬ情熱を持ち、世界的にも名を知られるようになった牧野氏でしたがその情熱故か研究に必要な専門書などはどんなに高価でもすべて購入していいため、1916(大正5)年には現在の貨幣価値に換算すると約1億円という多額の借金を作ってしまっていました。
そこで牧野氏はやむを得ず貴重な標本の売却を決意することとなります。そこで名乗りを上げたのが神戸の富豪・池長孟(いけながたけし)氏でした。池永氏は植物標本を牧野氏の借金総額と同額で買い取り、さらに月々の援助も行うと申し出てくれました。ここから牧野氏の東京と神戸を往復する生活が始まり、1941(昭和16)年までそれは続きました。
ちなみに売却した標本は池永氏の英断により、最終的には牧野氏に返還されたようです。

植物園の植物たち

高山植物園では日に2回、園内スタッフの方が植物の紹介をして下さる花のガイドツアーが開催されています。紹介していただいた植物のいくつかをここでは紹介したいと思います。

ミツバツツジ
ハクサンハタザオ
 ミツバツツジ(Rhododendron dilatatu
ツツジやシャクナゲの仲間。写真のミツバツツジは六甲原産のものだそうです。紫色の花を咲かせ、開花後、または同時期に花が出るのが特徴。観光に来られた外国人の方はこれを桜だと思ってしまうみたいです。
 ハクサンハタザオ(Arabis gemmifera
アブラナ科の多年草。漢字では『白山旗竿』で、別名『金山草」とも呼ばれる。重金属を好む性質があり、昔は「山師」が鉱脈を探す道しるべとして利用していたとのこと。近年では金属を含んだ汚染水浄化の研究にも使われているそうです。
ユキモチソウ
アリマウマノスズクサ
 ユキモチソウ(Arisaema sikokianum
サトイモ科の多年草。中央の白い付属体が白い餅に見えることから『雪餅草』と呼ばれています。この植物は雌雄の株があるのですが途中で性転換することもあるというユニークな特徴も有しています。形状もまたユニークですがこの筒のような形状は花の香りに誘引され雄株の花粉をまとった昆虫を招き入れるためだそうです。雌株には脱出する穴がないので、受粉を手伝った昆虫は花の中で一生を終えるとのこと。環境省レッドリストで絶滅危惧2類に分類される。
 アリマウマノスズクサ(Aristolochia onoei
つる性の多年草。漢字で『有馬馬の鈴草』と書く。取材時は残念ながら芽が出たばかりでしたが、成長すると楽器のホルンのような実をつけるようです。そしてこの植物はなんと牧野富太郎氏が植物採集会で発見し、本人が和名をつけた植物なんです。当時、同日に別の人も発見していたが牧野氏が既に命名していたという経緯も合ったそうです。

ここで取り上げた植物は高山植物園のほんの僅かな部分です。季節によって様々な植物や花が茂り、咲き誇るので訪れるたびに違った顔を見せてくれると思います。ぜひ、六甲高山植物園に足を運んでみてください。

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